特許法の八衢

Dedication法理と文言解釈

マキサカルシトール事件最判=最二判平成29年3月24日(平成28年(受)第1242号)民集71巻3号359頁は、 《明細書に記載しながら、クレームには記載していない事項は、公衆へ提供(Dedication to the Public)されているため、当該事項を権利範囲に含むという主張は封じられる》というDedication法理を認めたと解される。

すなわち、最高裁は、均等第5要件について、次の一般論を示した(強調は引用者による)。

出願人が,特許出願時に,その特許に係る特許発明について,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,明細書の開示を受ける第三者も,その表示に基づき,対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから,当該出願人において,対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。また,以上のようなときに上記特段の事情が存するものとすることは,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与するという特許法の目的にかない,出願人と第三者の利害を適切に調整するものであって,相当なものというべきである。

しかしながら、明細書に記載した実施形態の一部がクレーム範囲には包含されていない(ようにも解釈できる)という事態は、出願人の単なるミスに由来することがほとんどであろう1

そのようなミスが、均等論をもってしても治癒しないというのは、当該実施形態を開示した出願人に対して、厳しい仕打ちではなかろうか。

そう考えると、Dedication法理を前提とする場合、原則として、明細書に記載された実施形態はクレーム範囲に含まれるものと解釈する2、すなわち、ミスした出願人を均等論ではなくクレーム文言解釈で救うのが、特許出願へのインセンティブを削がない方策のように思われる3

ただし、明細書に記載された実施形態につき、クレーム文言上明らかに含まれない場合や、審査過程等において出願人がクレーム範囲からの除外を明言している場合は、上記原則は当てはまらず、その実施形態をクレーム範囲に含める解釈を採るべきではない。これらの場合、当該実施形態がクレーム範囲に含まれないとの第三者の強い信頼が生じており、このような場合にまで出願人の救済を認めてしまうと、第三者の信頼を著しく損なうからである。

もっとも、「文言上明らかに含まれない」「除外を明言」と、言葉では簡単に言えても、「明らか」か否か、実際の判断には困難が伴うであろう。

そのことを示した裁判例が、東京地判令和3年3月30日(平成30年(ワ)第38504号等)であるように思われる。

この事案は、クレーム文言の「有効成分」の解釈が問題となったものである。東京地裁は、文言侵害を否定するとともに、明細書の記載を理由に、均等第5要件非充足と判断し、均等侵害も否定した。その判断については、評価が分かれているようである。

この裁判例の詳細な分析は、以下を参照:

また、この事案に関連する、知財高裁の差止仮処分命令につき、以下を参照:

本事案の帰趨に注目したい。

更新履歴

  • 2023-12-10 公開

  1. 田村善之「判批」知的財産法政策学研究52号(2018)243頁参照。
  2. 高林龍『標準特許法〔第7版〕』(有斐閣,2020)220頁注10の提唱するものとは異なるが、これも「融通性のある」クレーム解釈かも知れない。
  3. 小池眞一「特許判決の分析の視点と近時の動向」(2023年11月30日開催の日本弁理士会関西会京都地区会主催研修の資料)45頁は、知財高判平成30年3月26日(平成29年(ネ)第10092号)および知財高大判令和4年10月20日( 令和2年(ネ)第10024号)を挙げつつ、「実施例を内包するようにクレーム解釈を展開している」のが近時の知財高裁判決の傾向だと分析している。この分析が正しければ、知財高裁は、Dedication法理を意識しているか否かはさておき、この方策を実践していることになる。