特許法の八衢

部分意匠に係る意匠権侵害を認めた東京地判令和2年11月30日について

はじめに

東京地判令和2年11月30日(平成30年(ワ)第26166号)は、意匠権――意匠に係る物品が「組立家屋」である部分意匠――を有する原告が、被告による建物の製造等が意匠権侵害に当たるとして、当該行為の差止めおよび損害賠償を求めた事案である。裁判所は、意匠権侵害の成立を肯定し、差止めおよび損害賠償請求を認めた*1

本件は、住宅デザインについて意匠権侵害を認めたものとして注目すべき事案である*2が、ここでは、部分意匠一般に通じる判示で気になった部分を採り上げる。差止めの必要性に関する判示および損害額算定に関する判示である。

差止めの対象

本判決では、建物の製造等の差止めの必要性について、以下のように述べている。

本件意匠権は組立て家屋である建物の正面視に関する部分意匠ではあるが,当該部分意匠の実施部分を含む建物の正面は,建物の全体と一体をなすものであるから,本件意匠権を侵害する建物の全体について,製造,販売等の差止めをする必要性があるというべきである。

上記「全体と一体をなすもの」とは、どのような意味なのだろうか。

仮に≪全体から分離不可能なもの≫という意味であり、そうでない場合=全体と一体をなさないものである場合=≪部分意匠の対象部分が物品全体から分離可能なもの≫である場合(e.g. 物品「カメラ」でレンズ部分を対象とした部分意匠)、物品全体(e.g. カメラ)の製造等の差止めは認められない(ことがある)、と本判決が考えているならば、その妥当性には疑問がある。

部分意匠の効力は、部分意匠(の特徴)を含む全体意匠の実施品に及ぶと考えるべきであって*3、部分が全体から分離できるか否かに拘わらず、物品全体の製造等の差止めを認めるだと思われるからである。

部分実施の場合の損害額の算定――「寄与度」という語

本判決では、意匠法39条2項を適用して損害額を算定している。長くなるが、算定部分を引用する(強調は引用者)。

意匠法39条2項は,意匠権者又は意匠権の専用実施権者が,意匠権侵害によって被った損害の賠償を求めるに当たり,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益の額を意匠権者又は意匠権の専用実施権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。こうした趣旨に照らすと,同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは,原則として,侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって,このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。そして,同項の「利益」の額は,侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は意匠権者側にあるものと解すべきである。
本件についてこれをみるに,本件意匠権の物品は組立て家屋であるから,本件意匠権を侵害する行為は,組立て家屋の譲渡等であり,侵害品は組立て家屋である。したがって,被告が本件意匠権を侵害することによって受けた「利益」を算定する際には,組立て家屋を製造,販売するなどしたことにより被告が受けた限界利益の額と認めるのが相当である。
……
推定の覆滅事由の存否について
……
販売地域及び需要者が競合していないことを意匠法39条2項の推定覆滅事情として考慮することはできない。
……
意匠法32条2項の「利益」は……建物全体に係る販売利益が原告の損害と推定されるものの,本件意匠は部分意匠であり,意匠の対象となっているのは,建物の外観のうち,正面視に係る部分であるから(……),本件意匠の上記販売利益に対して寄与していない部分については,上記の推定が覆滅される。
……
上記のとおり,本件意匠は,原告製品全体を占めるものではなく,このことは,侵害品であるH建物及びI建物も同様である。そうすると,本件意匠の侵害部分がH建物及びI建物の販売に寄与しているとしても,その寄与の度合いを認定するに当たっては,同部分がH建物及びI建物の外観の一部を占めるにすぎないことをしん酌するのが相当である。加えて,需要者は,住宅を購入することを,建物の外観のデザインのみによって決定するものではなく,立地,間取り,価格,屋内設備等の仕様などを総合的に考慮して決定するものであると認められる(……)。以上に加え,H物件及びI物件の購入者が,被告の申出に応じて,柱部を撤去する工事に同意したことをも併せ考えると,本件意匠が,被告が受けた利益の全額に寄与したとは認められないから,当該寄与をしていない部分については,意匠法39条2項の推定覆滅事情として認めるのが相当である。
そして,以上の諸事情を総合すれば,本件意匠が被告の利益に与えた寄与度は10パーセントと認めるのが相当であり,その余の90パーセントについて上記の推定が覆滅されるというべきである。

算定枠組みとして、まず32条2項の「利益」を製品全体(建物)に関する販売等の(限界)利益として推定した後、推定の覆滅事由の存否を判断している*4。これは特許法102条2項について知財高大判令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)[二酸化炭素含有粘性組成物事件]で示された枠組みと整合するものである。

部分実施の事情を他の覆滅事由と独立して捉えている点(独立考慮説*5)についても、上記知財高裁大合議判決の枠組みと整合する*6

以上のように、本判決で示された一部実施における損害額の算定方法それ自体は、知財高裁の近時の裁判例と整合していると考えられるが、その用語法に気になる点がある。「寄与度」との語を用いている点である。知財高裁では、明文に規定のない寄与度・寄与率という概念からの決別を指向しており*7特許法102条1項における部分実施の事情の処理が問題となった、知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)[美容器]においても、寄与度・寄与率との語は使われていない。

用語の混乱を避けるためにも、本判決において「寄与度」との語を用いるべきではなかったように思われる。

更新履歴

  • 2021-03-07 公開

*1:原告は建物の除去(意匠法37条2項に基づく「侵害の行為を組成した物品」の廃棄)も求めていたが、これは認められなかった。また、原告は、被告の行為が不正競争法2条1項1号規定の不正競争行為に当たるとも主張していたが、これも認められなかった。

*2:中川隆太郎弁護士のツイート参照。

*3:田村善之『知的財産法〔第5版〕』(有斐閣,2010)377頁。

*4:判決では明示されていないが、推定の覆滅事由については侵害者側に主張立証責任があると考えられる。

*5:飯田圭「部分意匠と意匠法39条2項に基づく損害額の算定」茶園成樹ほか編『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』(有斐閣,2020)127頁。

*6:拙稿「特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎない場合における102条2項に基づく賠償額算定」参照。

*7:高部眞規子「特許権侵害による損害」L&T90号(2021)25頁以下(とくに29頁および32頁)。