特許法の八衢

国境を跨ぐ「配信」が特許権侵害に当たると判断された事案 ― 知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)

はじめに

標記事件の判決(の一部のみ)を読む幸運に恵まれ、また本判決書は第三者も閲覧可能となっているようなので、本裁判例についての雑感を以下に記す。

もっとも、本判決書は裁判所ウェブページでは本稿執筆時点(2022年9月23日)では未だ公開されていないため、(さしたる意味はないだろうが)判決を直接引用することは避けることにする。2022年9月27日、裁判所ウェブページで判決書(PDF版)が公開された

事案の概要

本件は、米国に存在するサーバから日本国内のユーザへプログラムを配信する被疑侵害者1の行為等が、2つの日本特許権2の侵害に当たるかが争われた事案である。

原審判決3では2つの特許権ともに構成要件充足性を認めなかったが、本裁判例控訴審判決)では、準拠法を(原審判決と同様)日本法と判断した上で、1つの特許権につき、構成要件充足性を認めたことに加え、特許権侵害も認めた。

具体的には、知財高裁は、後記プログラムクレームについて、被疑侵害者による配信行為は「電気通信回線を通じた提供」(特許法2条3項1号括弧書)に当たるため直接侵害を構成すると判断し、後記装置クレームについて、被疑侵害者による配信行為は間接侵害(101条1号)を構成すると判断した4

侵害が認められたクレーム5(のうちの独立クレーム)

装置クレーム

  • 動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置であって、
  • 前記コメントと、当該コメントが付与された時点における、動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部と、
  • 前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生部と、
  • 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントを前記コメント情報記憶部から読み出し、当該読み出されたコメントを、前記コメントを表示する領域である第2の表示欄に表示するコメント表示部と、を有し、
  • 前記第2の表示欄のうち、一部の領域が前記第1の表示欄の少なくと も一部と重なっており、他の領域が前記第1の表示欄の外側にあり、
  • 前記コメント表示部は、前記読み出したコメントの少なくとも一部を、前記第2の表示欄のうち、前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示する
  • ことを特徴とする表示装置。

プログラムクレーム

  • 動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置のコンピュータを、
  • 前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生手段、
  • コメントと、当該コメントが付与された時点における、動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部に記憶された情報を参照し、
  • 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントをコメント情報記憶部から読み出し、
  • 当該読み出されたコメントの一部を、前記コメントを表示する領域であって一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており他の領域が前記第1の表示欄の外側にある第2の表示欄のうち、前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示するコメント表示手段、
  • として機能させるプログラム。

日本国内での「実施」該当性

被疑侵害者による国境を跨いだ配信行為について、知財高裁が、日本特許法2条3項規定の「実施」(本事案では「電気通信回線を通じた提供」)に当たると判断した理由について、日経新聞2022年8月15日の記事は、次のとおり報じている6

知財高裁は、FC2のプログラム配信について(1)日本国内の利用者がアクセスすることで開始・完結し、国内と国外の部分を区別することが難しい(2)国内の利用者が制御している(3)国内の利用者に向けられたものである(4)得られる効果が国内であらわれる――などの要素を考慮。「国内で行われたものと評価するのが相当」と判断した。

判示(2022-09-27追記)

長くなるが、日本国内での「実施」該当性に関する判示を引用する(強調は引用者による)。

被控訴人ら各プログラムは、米国内に存在するサーバから日本国内に所在するユーザに向けて配信されるものと認められるから(以下、被控訴人ら各プログラムを日本国内に所在するユーザに向けて配信することを「本件配信」という。)、被控訴人ら各プログラムに係る電気通信回線を通じた提供(以下、単に「提供」という。)は、その一部が日本国外において行われるものである。そこで、本件においては、本件配信が準拠法である日本国特許法にいう「提供」に該当するか否かが問題となる。

……本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない。

しかしながら、本件発明1-9及び10[引用者注:上記プログラムクレーム及びその従属クレーム]のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。

したがって、問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。

……これを本件についてみると、本件配信は、日本国の領域内に所在するユーザが被控訴人ら各サービスに係るウェブサイトにアクセスすることにより開始され、完結されるものであって(……)、本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難であるし、本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであり、また、本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものである。さらに、本件配信によって初めて、日本国の領域内に所在するユーザは、コメントを付すなどした本件発明1-9及び10に係る動画を視聴することができるのであって、本件配信により得られる本件発明1-9及び10の効果は、日本国の領域内において発現している。これらの事情に照らすと、本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。

雑感

まず、本件は、《特許発明はサーバとクライアントとからなるシステムクレームで、被疑侵害システムのうちサーバは日本国外にある》といった所謂域外適用が問題となる典型的な事案7ではないことに留意すべきであろう。
本事案では、特許発明はクライアント単体の装置およびプログラムに係るもので、当該プログラムの海外サーバからの配信行為が日本法における「実施」に当たるか否かが大きな争点となっている。

そして、知財高裁が述べた日本国内での「実施」該当性の判断規範は、上記(1)~(4)およびその他8を総合考慮するものであり、予測可能性は低いといわざるを得ない。

また、上記(2)~(4)の要素は、NTP事件CAFC判決や学説9を参考にしたものと思われる10が、(1)の要素、すなわち「国内と国外の部分を区別することが難しい」ことが、「国内で行われたものと評価する」ための肯定的な事情とされていることは理解しがたい11

というのも、まず、被疑侵害者の行為が日本国内で行なわれる部分と国外で行なわれる部分とに区別が困難である(以下、「国内外区別不明確性」ともいう)と、なにゆえ日本特許権の侵害成立に肯定的に判断されるのか、その理由が全く分からない。クレーム制度等を導入し予測困難な侵害リスクを排するという特許法の基本原則12からすれば、区別困難であるという要素は、行為者(被疑侵害者)の有利に働くべき(侵害不成立に働くべき)ようにも思われる。

加えて、上述した《特許発明はサーバとクライアントとからなるシステムクレームで、被疑侵害システムのうちサーバは日本国外にある》といった域外適用が問題となる典型例では、上記区別が容易であろうから(例えば、システムクレームの「生産」において、サーバについては国外、クライアントについては国内、と区別できる)、特許権の実効性を高めるという意味でも、「国内外区別不明確性」が適切な考慮要素だとは思われない。
この点を踏まえると、本裁判例が示した規範のうち少なくとも「国内外区別不明確性」の部分については、それが仮に妥当性を持つとしても、その射程は「電気通信回線を通じた提供」、あるいは、せいぜい(「電気通信回線を通じた提供」以外も含む)「譲渡等」にのみ及び、「生産」や「使用」といった他の実施行為一般には及ばない、と考えるべきではなかろうか。
ただし、「使用」を《システムの管理行為》といったものにまで広く解釈できるのであれば13、「使用」についても「国内外区別不明確性」を考慮してもよいのかも知れない。

その他、(3)の要素、すなわち特許発明の効果が現れる国については、日本国内と国外との両方で効果が現れる発明もあると思われ(例えば、通信量の削減に関する発明では、情報送信側[の国]と情報受信側[の国]との双方で効果が現れる)、その場合は(3)の要素がどのように判断されるのかも気になるところである。

更新履歴

  • 2022-09-23 公開
  • 2022-09-27 判決書の裁判所ウェブページ公開に伴う追記

  1. 被告(被控訴人)は2者であるが、便宜的にこのように記す。

  2. 特許4734471および4695583。本裁判例で侵害が認められたのは特許4734471に係る特許権のみ。

  3. 東京地判平成30年9月19日(平成28年(ワ)第38565号)。

  4. その他、被疑侵害者の行為の一部が「譲渡等(電気通信回線を通じた提供)の申し出」に当たるとも判断している一方、被疑侵害者の行為は「生産」や「使用」には当たらないとも判断している。

  5. 侵害の対象は特許権なので、法律用語上適切な表現ではないが、分かりやすさを優先した。

  6. 判決の表現とは若干異なるが、趣旨はおおむね適切に表されていると考える。

  7. 例えば、東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)の事案。この事案の詳細は、拙稿参照。

  8. 判決文では、この4要素以外の事情も考慮可能なことが示唆されている。

  9. さしあたり拙稿参照。

  10. 総合考慮といった観点からは、とくに平嶋竜太「「国境を跨ぐ侵害行為」と特許法による保護の課題」IPジャーナル2号(2017)27頁以下を参考にしたように思われる。

  11. 平嶋竜太・前掲では、このような要素は挙げられていない。

  12. 田村善之・時井真・酒迎明洋『プラクティス知的財産法I 特許法』(信山社,2020)57頁参照。

  13. 本裁判例知財高裁判決)は、「使用」をそのように広く解釈していない。