1 はじめに
本件(東京地判令和5年2月28日[令和2(ワ)19221])は、特許権者である原告が、被告の行為が特許法101条2号規定の間接侵害に当たるとして、差止めを求めた1事案である。
東京地裁は、原告の請求を一部認容2した。しかしそれは過剰差止めのようにも思われ、また判決の論理に一部疑問もあるため、本稿を記す。
以下、項名・「本件発明」・「雑感」を除き、本件判決の引用である(強調は引用者による)。
なお、本件では、被告から特許無効の抗弁(104条の3第1項)は主張されていない。
2 本件発明3
ことを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。
3 事実
……
被告製品の商品パッケージには、「BATH」、「WASH」及び「CLEAN」の記載がある。 ……
インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページの記載インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページ(以下「本件ウェブページ」という。)には、「DIY」及び「【洗濯に】 高純度のマグネシウムペレットを水の中に入れると水道水が弱アルカリイオン水に変化します。この弱アルカリイオン水には臭い成分の分解や洗浄力があります。」、「部屋干しの生乾きの嫌な臭いに・雨の日の洗濯物の嫌な臭いに・タオルの生乾きの嫌な臭いに」などの記載がある。
4 原告の主張の一部(判決文からの抜粋)
……
被告製品は、下記aないしcの構成(以下、順次「構成a」、「構成b」などという。)を有しており、これを前提とすると、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子を洗濯ネットに封入して製造された洗濯用洗浄補助用品は、本件各発明の技術的範囲に属するといえる。
b 洗濯用洗浄補助用品の手作りの用途に用いることが商品説明に記載された、
c 複数の金属マグネシウムの粒子。
……
本件各発明に係る洗濯用洗浄補助用品は、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子を洗濯ネットに封入することにより生産できることから、被告製品は、本件各発明に係る洗濯用洗浄補助用品の生産に用いられるものといえる。
……
本件特許に係る特許出願の願書に添付された明細書(……)の記載によれば……本件発明1は、「金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」を備える点に、従来技術に見られない特徴的技術手段が存在する。
そして、被告製品は、「純度が約99.95%であって、平均粒径が5mmの金属マグネシウムの粒子」の構成を有し、請求項1に係る本件発明1の構成要件1Aを備えるものであるから、特許法101条2号の「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当する。
5 裁判所の判断
5-1 101条2号規定の間接侵害の成否
5-1-1 「その物の生産に用いる物」
したがって、上記被告製品の商品パッケージの記載及び本件ウェブページの記載は、被告製品を用いて洗濯用洗浄補助用品を手作りし、洗濯をするとの被告製品の用途の説明をした記載であることは明らかであり、被告製品は構成b[引用者注:「洗濯用洗浄補助用品の手作りの用途に用いることが商品説明に記載された」]を有していると認められる。
そして、本件において、被告製品が構成a及びcを備えていることは当事者間において争いがない。
以上のことから、被告製品は、構成aないしcの全ての構成を有していると認められる。
さらに、被告製品が封入される「洗濯ネット」は、「水を透過する網体」(構成要件1A)に該当し、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品を封入して製造された物品は、「水を透過する網体に封入してなる」(構成要件1A)「ことを特徴とする洗濯用洗浄補助用品」(構成要件1B)に該当するといえる。
以上によれば、洗濯ネットに被告製品を封入して製造された物品は、構成要件1A及び1Bを充足する。
……
以上によれば、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品を封入して製造された物品は、本件各発明の技術的範囲に属する。
……
前記……のとおり、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品に係る金属マグネシウムの粒子を封入して製造された物品は、本件各発明の技術的範囲に属するから、被告製品は、本件各発明に係る物の生産に用いる物であるといえる。
5-1-2 「課題の解決に不可欠なもの」
そして、被告製品は、前記……のとおり、構成要件1Aを充足するものであり、本件ウェブページには、被告製品を洗濯に用いることで、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を減少させ、生乾き臭の発生を防止することができることが示唆されているから、本件ウェブページの記載を前提とすると、被告製品は、本件各発明の課題の解決に不可欠なものに該当するというべきである。
5-1-3 「日本国内において広く一般に流通しているもの」
本件においては、前記……のとおり、被告製品には、購入後に洗濯ネットに入れて洗濯用洗浄補助用品を手作りし、洗濯物と一緒に洗濯をする旨の使用方法が付されている。そして、本件明細書には、洗濯用洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の組成は、金属マグネシウム(Mg)単体を実質的に100重量%含有するものがより好ましく(【0020】)、洗濯洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の平均粒径は、4.0~6.0mmであることが最も好ましい(【0022】)と記載されているところ、前記……のとおり、被告製品は、これらの点をいずれも満たしている。そうすると、被告製品を洗濯ネットに封入することにより、必ず本件各発明の構成要件を充足する洗濯用洗浄補助用品が完成するといえるから、被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいると認められ、上記のような単なる規格品や普及品であるということはできない。
以上によれば、被告製品は、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するとは認められない。
これに対し、被告は、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子と同じ構成を備える金属マグネシウムの粒子が市場に多数流通しており、遅くとも口頭弁論終結時までには、日本国内において広く一般に流通しているものになったといえると主張する。
しかし、「日本国内において広く一般に流通しているもの」の要件は、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品の生産、譲渡等まで間接侵害行為に含めることは取引の安定性の確保の観点から好ましくないため、間接侵害規定の対象外としたものであり、このような立法趣旨に照らすと、被告製品が市場において多数流通していたとしても、これのみをもって、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するということはできない。
したがって、被告の主張は採用することができない。
5-1-4 主観的要件
そして、前記前提事実……のとおり、原告製品は、令和2年1月頃までには、全国的に周知された商品となっていたこと、本件ウェブページには、被告製品の購入者によるレビューが記載されているところ、令和2年4月から同年7月にかけてレビューを記載した購入者45人のうち、20人の購入者が、被告製品をネットに封入して洗濯に使用した旨を記載しており、7人の購入者が「まぐちゃん」、「マグちゃん」、「洗濯マグちゃん」、「洗濯〇〇ちゃん」などと、洗濯用洗浄補助用品である原告製品の名称に言及したと解される記載をしていることを認めるに足る証拠(……)が提出されていることからすると、被告は、遅くとも口頭弁論終結時までには、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子が、本件各発明が特許発明であること及び被告製品が本件各発明の実施に用いられることを知ったと認められる(当裁判所に顕著な事実)。
これに対し、被告は、被告製品については、構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法などが想定されていたのであり、被告には被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識はない旨主張する。
しかし、「網」は、被告が主張する意味のほかにも、「鳥獣や魚などをとるために、糸や針金を編んで造った道具。また、一般に、糸や針金を編んで造ったもの。」(広辞苑第7版)の意味もあると認められること、本件明細書においては、「網体」の意義について、「本発明の洗濯用洗浄補助用品は、複数個の、マグネシウム粒子を、水を透過する網体で封入したものであるので、使用時には洗濯槽に入れやすく、使用後には洗濯槽から取り出しやすいものとなっている。」(【0023】)、「この網体の素材は、耐水性があるものであれば、各種天然繊維、合成繊維を用いることができるが、強度が高く、使用後の乾燥が容易で、洗濯時に着色傾向の小さいポリエステル繊維を用いることが好ましい。」(【0024】)、「この網体自体の織り方としては、水を透過するものであれば各種の織り方が採用できる。」(【0025】)と記載されているのみで、網目の細かさについては言及されていないことからすると、被告が主張する使用方法も、本件各発明を実施する態様による使用方法であることに変わりはないといえる。
したがって、被告が、購入者が構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法が想定されていたとしても、被告において被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識があったことを否定する事情とはならなな[引用者注:原文ママ]い。
……
したがって、被告が、業として、被告製品の販売又は販売の申出等をした行為(……)について、本件特許権の特許法101条2号の間接侵害が成立する。
5-2 差止めの必要性
そして、前記前提事実……のとおり、原告が、被告に対し、令和元年10月11日、被告製品を販売する行為が本件特許権を侵害する旨を記載した本件通知書を送付したところ、被告は、原告に対し、同年12月24日付け「ご連絡」と題する書面を送付し、被告製品の販売は本件特許権を侵害していないとして、原告の要求に応じることができない旨を明らかにしたことが認められる。
本件訴訟係属前における被告の上記回答内容に加え、本件訴訟において、被告が……本件特許権の間接侵害の成立を争っていること、証拠(……)及び弁論の全趣旨によれば、高純度金属マグネシウムの粒子を日本国内に輸出する業者が存在することが認められ、これを輸入して販売することは比較的容易であると考えられることに照らすと、現時点において、被告が被告製品を販売していないこと(……)を踏まえても、被告に対し、被告製品を販売又は販売の申出をする行為を差し止める必要があると認めるのが相当である。
6 判決主文等
7 雑感
本件発明は、マグネシウム粒子という既知の物質について「洗濯用洗浄補助」という新たな用途を見出した、用途発明である。「水を透過する網体で封入」という構成もクレームに入っているが、「洗濯用洗浄補助」に用いるための必然の構成であろう(換言すると、「水を透過する網体で封入」という構成がクレームに入っておらずとも発明として成立すると思われる)。
判決は被告製品の販売等の差止めを認めた。しかし、被告製品は単なるマグネシウム粒子である。たしかに、被告は、被告製品が購入者において洗濯用洗浄補助として用いられることを認識・想定して、被告製品を販売していたが、そうであっても、マグネシウム粒子そのものの販売等の差止めを何の限定もなく認めてしまうのは、過剰差止めではなかろうか4。
その他の点でも、本判決には疑問がある。
まず、原告の主張に沿って、被告製品につき「b 洗濯用洗浄補助用品の手作りの用途に用いることが商品説明に記載された」といった(原告の提示した)要件の充足を認めているが、これが間接侵害の成否判断とどのように結びついているのか、論理が不明である。
加えて、101条2号の「課題の解決に不可欠なもの」(不可欠性要件)の判断において、「本件ウェブページには、被告製品を洗濯に用いることで、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を減少させ、生乾き臭の発生を防止することができることが示唆されているから、本件ウェブページの記載を前提とすると、被告製品は、本件各発明の課題の解決に不可欠なものに該当する」と述べているが、「本件ウェブページの記載を前提とすると」の意義が分からない。被告製品自体は変わらなくても、被告の行為(本件ウェブページの記載内容)によって、被告製品が不可欠性要件を満たしたり満たさなかったりするのだろうか。
また、「日本国内において広く一般に流通しているもの」(汎用品要件)の判断に際して、「被告製品を洗濯ネットに封入することにより、必ず本件各発明の構成要件を充足する洗濯用洗浄補助用品が完成するといえるから、被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいると認められ、上記のような単なる規格品や普及品であるということはできない。」と判示されているが、「被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいる」とはそもそも何を意味するのだろうか。「のみ……を含んでいる」とは被告製品が本件発明の実施(洗濯用洗浄補助)に用いられる場合があると言っているに過ぎないように思われ、そうであれば、それが汎用品要件の判断とどのように関係するのか、判決文の論理が分からない。
さらには、主観的要件5につき、「被告が主張する使用方法も、本件各発明を実施する態様による使用方法であることに変わりはないといえる。 したがって、被告が、購入者が構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法が想定されていたとしても、被告において被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識があったことを否定する事情とはならなな[引用者注:原文ママ]い。」と述べている点も理解しがたい。「布地の巾着袋等は構成要件の『網体』に含まれない」と被告が《誤解》していたとしても主観的要件の充足を否定する事情とはならない、と言いたいのだろうか。
(特許が有効性であることを前提とすると)101条2号の間接侵害の成立を認めた結論自体は妥当だとしても、本判決の述べた論理構成は不分明な点があるように思われる。
改訂履歴
- 2023-03-12 公開
- 2023-03-12 追記および誤記・表現修正